ダリブロ 安田理央Blog

フリーライター安田理央のBlogです。

混浴、それは厳しい戦い(後編)

 私とK氏が目覚めたのが午前6時。すでに達人は5時には戦場へ赴いている。早朝ではあるが、私とK氏は黙ってうなずき合う。
 しかし浴場は達人の貸切状態であった。
「でも、さっき20代のカップルがいたんだよ」
「え〜っ」
「でも、ま、マニアック」
聞けば相当な豊満系だったとのこと。ううむ。どれくらい豊満なのかのレベルが知りたいところだが、達人が全くもって自慢げな表情ではなかったあたりで想像はついたので、あんまり羨ましくはなく、我々2人は心静かに湯につかった。
 朝風呂サイコー。睡眠時間自体は短かったものの、眠気はない。1時間ほど戦うが、入ってくるのは男性客のみ。成果はなかったが、朝風呂の気持ちよさだけで不満はなし。
 東海林さだお原理主義の私としては、朝食でのビールは欠かせない。東海林先生が「温泉旅館の醍醐味は朝風呂の後の朝ビールと見つけたり」という一文を読んでから、この教えを忠実に守っている。あー、朝風呂の後の朝ビール、死ぬほどうめぇ。
 チェックインの10時まで、H温泉での最終ラウンド一時間。これで通算6回目、のべ7時間。しかし男性客すら入ってこない。窓の外では、雪がしんしんと降っている。かなりの勢いだ。
 考えてみれば、昨年の混浴ツアーでも大雪に見舞われた。先月の駅弁とロマンスカーの旅でも、ひめしゃらの湯で雪が降った。私と温泉の組み合わせは雪を呼ぶのか? え、おれが雪男? 達人とK氏に、妖怪雪ふらしとのホーリーネームをいただく。
 しかしこれで戦いは終わったわけではない。我々は車で次の戦場へと赴く。日本一の露天風呂とも言われるT温泉である。峠を越える近道が雪崩れの為に全面通行止めになったり、吹雪に巻かれて視界を奪われたりもする大雪であったが、我々は臆する事無く、宝川目指して進んだ。
 こんな天候の中で、しかも平日に女性客がいるわけがない、と思うだろうが、この日も日帰り用駐車場には既に3台の車があった。日帰り券、そしてタオルを購入し、長靴を借りて露天風呂へと向かう。視界は一面豪雪で真白。平野勝之監督の「白 THE WHITE」を思わせる光景だが、八甲田山の死の行軍を想像したほどの昨年の猛吹雪に比べればマシである。一番大きな「摩訶の湯」に入る。先客は男性二名。お湯から出ている部分が凍りつきそうだった昨年に比べれば、極楽のようだ。雪で覆われているとはいえ、日本一の露天風呂と呼ばれるのもうなづけるような山の風景にうっとりする。
 しばらくして、裏手にある「般若の湯」に移動。こちらは、かなりぬるい。一度入るとなかなか出られなくなる。「般若の湯」から渓谷を挟んだ対岸にある「子宝の湯」へ目をやると、おおっ、カップルがいるではないか。しかも若い。私は達人の顔を見るが、どうも気合が感じられない。実はこのT温泉は、数年前からバスタオル巻きが許されるようになったのだ。当然、対岸の女性も大きな黄色いバスタオルで体を隠している。それでもいい。せっかくのチャンスではないか。私は一人で対岸へ渡る決意をした。しかし、対岸への道は雪に覆われている。私はタオル一枚で股間を隠しただけの姿で、雪の中を走り橋を渡った。裸足で雪の上を走るのは初めての経験だ。つ、冷たい…。全力疾走して、湯の中へ飛び込む。あまりに勢いよく飛び込んだせいで、カップルが警戒したのか、しばらくして「般若の湯」へと移動してしまった…。それでも、濡れたバスタオルがぴったりと肌に貼りついた裸身はそれなりに刺激的であり、十分に楽しませてもらった。年齢は20代半ばというところだろうか? なかなか可愛らしい顔立ちであった。「般若の湯」で待ち受けていた達人らが話しかけたところによると、なんと香港からの観光客だったとか。
 その後、「摩訶の湯」に戻って、じっと獲物を待つが熟年カップルが一組現れたのみ。それもバスタオル巻きとなれば、我々としてもテンションは高まらない。結局T温泉では1時間ほどで戦いを打ち切った。
 帰りの車中で、達人が呟く。
「T温泉も数年前までは、バスタオル巻きなんて無粋なものはなくて、極楽のようだったんだが。混浴をいやらしい目で見る男性客が増えたおかげで、困ったもんだよ」
…あんたも、その一人だよ、だなどとは思っても口が裂けても言えない。言えませんとも。かくして計8時間に及ぶ我々の戦いは幕を閉じたのである。あの20代二人組をゲット(見ただけだけど)しただけでも、十分成果はあったと言えよう。我々は勝利したのだ。混浴という闘争に。

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