ダリブロ 安田理央Blog

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「監督失格」監督:平野勝之 出演:林由美香

平野勝之の新作映画「監督失格」の試写を見てきました。既に見た人たちの間からは絶賛の声しか聞こえてきませんでしたから、期待していました。

期待以上でした。


平野監督が、一時期恋人としてつきあっていたAV女優・林由美香。彼女は、2005年に34歳の若さで急逝します。その彼女を題材にしたドキュメンタリー。

平野監督は1997年に「わくわく不倫旅行」として、林由美香と北海道まで自転車ツアーをするという内容のドキュメントAVを撮影しています。この作品は高く評価され、「由美香」のタイトルで劇場公開もされました。

最近はAV監督としては、すっかり精彩を欠いてしまった平野勝之が、この映画を作っていると聞いた時は、正直いって「まだ林由美香をネタにするのか」と思い、あまりポジティブな印象を持てませんでした。

しかし、「監督失格」を観終わった後には、平野勝之は、やはりこれを撮らなくてはいけなかったんだなと納得しました。


映画の前半は「わくわく不倫旅行」の再編集とも言うべきもので、いわば復習。旅が終わり、二人が別れてから8年の歳月が流れます。その後もつかず離れずの関係が続きますが、彼女の死を知っている観客としては、その瞬間が刻々と近づいていくのを呆然と眺めていくことしか出来ません。

そしてついにその日が訪れます。様々な偶然が重なって記録された奇跡的な映像。その暴力的なまでの説得力。残酷な現実。

僕個人も、林由美香本人にも少しだけ面識がありましたし(そういえば、何度か突然夜中に電話をもらったこともありました。どんな要件だったかは忘れましたが)、さらに10日ほど前に知人が急死したという体験も重なり、様々な思いが胸の中で渦巻いて、見ながらボロボロと涙を流してしまいました。
いや、そういう状況じゃなくても、泣いたんじゃないかと思います。それほど、映像の力が圧倒的でした。見る者の心に容赦なく、襲いかかってきます。


90年代、日本のAVシーンにはひとつの革命がありました。カンパニー松尾バクシーシ山下、ゴールドマン、そして平野勝之。こうした若い監督たちが、新しい映像の実験を繰り返していました。AVというメディアを使って、表現の裾野をグングン押し広げて行ったのです。それは僕にとってはパンクムーブメントそのものでした。彼らのパワーに引き込まれるようにして、僕はエロライターになりました。ライターになりたかったのではなく、エロライターになることを選択したのです。彼らと一緒に走りたかったのです。

あの頃から時は流れて、AV業界も大きく変貌を遂げました。オナニーのためのツールとしての洗練という進化の道を選んだAVには、かつてのような実験は許されなくなっています。そして、あの頃、あれだけ輝いていた監督たちもみんな失速してしまい、唯一走り続けているカンパニー松尾も、その表現は熱さよりも深さを感じさせるものになっています。みんな、年をとったのです。

しかし「監督失格」には、あの頃の熱さがありました。見る者すべての心にナイフを突きつけていた若き日の平野勝之の姿がそこにありました。
これが、おれが見たかった平野勝之です。


「監督失格」を見て、つくづく平野勝之はAV監督ではないな、とも思いました。この人の表現方法は、描きたいものは、AVとはあまりにもかけ離れている。でも、AVがなかったら、平野勝之のスタイルは生まれなかったでしょう。90年代のAVは、壮大な実験場でした。そして長い時を経て、そこから生まれたひとつの成果がこの映画です。
おれたちは間違っていなかったんだな、と思いました。


「監督失格」
プロデュース:庵野秀明
出演:林由美香
監督:平野勝之
2011年9月3日 TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて独占先行ロードショー
http://k-shikkaku.com/index.html

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