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ダリブロ 安田理央Blog

フリーライター安田理央のBlogです。

続おやじびでお 第10話 AVの黒歴史ブラックパック

原稿アーカイブ AV

 私がAVを見始めた1984年頃、レンタルビデオ店は今よりも、もっといかがわしいムードに包まれていました。一般向けビデオのコーナーでさえ、どこか怪しい感じがしてました。ましてや、AVコーナーなんていったら……。
 そう、黎明期のAVって、非常にマニアックだったのですよ。今よりもSMがメジャー*1で、全体の三分の一くらいがSM物だったような印象があります。何しろ、あの宇宙企画やVIP*2といった、後にメジャーな美少女AVで有名になるメーカーですら初期にはSM物を撮っていたくらいですからね。

 そうしたAVコーナーの中でも、ひときわ怪しい一角がありました。その棚に並ぶパッケージは黒一色。そして「変態」「SM」「アナル」「地獄」なんて言葉が並んだタイトルが、おどろおどろしい文字で書かれているのです。
 これがブラックパックと呼ばれるAVです。黒い紙箱のパッケージが多かったことから、その名称がついたようです。後で言うところのインディーズビデオ、マニアビデオのようなもので、メーカーの連絡先すらも明らかではないという怪しげな無審査ビデオ*3。そのパッケージからは、明らかにヤバイ匂いが漂っていました。
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 そして内容は、もっとヤバイものだったんですね。基本的には低予算で撮られたSM物なんですが、まずその局部修正方法が独特でした。当時はまだモザイク修正が高価だったためか、ブラックパックでは、シェービングクリーム*4を塗って隠すというのが主流でした。剃毛するためという言い訳があったりするのですが、おかげで野外レイプなのに、わざわざシェービングクリーム塗って剃毛なんておかしな展開になったりします。既にパイパンなのに剃毛しようなんてのもありましたね。
 ブラックパックには本番やフェラのシーンはがほとんどありませんでした。女の子がオナニーをしているところを男に襲われて、縛られ悪戯され、最後は浣腸、排泄というのが黄金パターンでした。セックスやフェラが無いのは、マンコにシェービングクリームを塗るような修正手段が、チンコには思いつかなかったからでしょう。ま、当時はノーマルなセックス以外は、お上の規制が甘い、なんて話もありましたから、グレーゾーンに存在するブラックパックには、ちょうどよかったのかもしれません。
 しかしアナルに関しては完全に無修正でした。そのせいもあって、ブラックパックでは浣腸やアナル責めなどのプレイが中心になっていました。
 おそらくマトモなSMを理解している制作者はいなかったのでしょう。そのプレイはどんどん変な方向にエスカレートしていきました。

 生きたザリガニで乳首やクリトリスを挟ませる「ザ・変態男」、うなぎを挿入した「セーラー服SMウナギ男」、火のついた花火を挿入する「変態レイプ」、そしてタバスコを浣腸(!)する「BLACK BALL」。さらには、「ドキュメント変態少女」のバター犬プレイや空気浣腸後のオナラでシャボン玉作り、「変態美少女マニア」での扇風機にとりつけた張型挿入といった、もはやギャグとしか思えないようなプレイも数多く登場しました。

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ドキュメント変態少女

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変態美少女マニア

 当時は高校生だった私は、露出度が高いというウワサを聞きつけて、このブラックパックに手を出したんですね。なにしろシェービングクリームで隠しただけだから、チラチラと具が見えちゃったりしてたのですよ。「ザ・レイプ 変態金色責め」のように金粉を塗っただけ*5なんてものありました。もちろんアソコの形状は丸分かり。ちなみに銀粉を塗った「変態銀色責め」という続編もありました(笑)。
 また、その頃の普通のAVは下半身が全部モザイクというくらいに大きくて濃い修正が当たり前でしたから、アナルが丸見えというのも、なかなかショッキングでした。

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ロリータセーラー服 桃色吐息

 そんな風にして、少しずつ私はディープなブラックパックの世界に足を踏み入れてしまいました。あちこちのレンタルビデオ店をまわっては、ブラックパックを片っ端から見るようになりました。まだ童貞の高校生だったのに、とんでもない話だ(笑)。


 さて、一時期は、ビデオ情報誌でも*6レギュラーコーナーで紹介されていたブラックパックですが、海賊版が横行したり、より露出度の高い薄消しビデオが出てきたりといった理由で、1988年にはもう完全に姿を消してしまいます。わずか3年ほどの短い命でした。AVの歴史の中でも、ほとんど語られることのない鬼っ子のような存在となっています。
 私の手元には、十数本のブラックパック*7が残っているのですが、いま見ても結構面白いんですね。そりゃあ、モデルの質も撮影技術もヒドイもんだし、プレイのハードさだって、今の方が過激なことをやっていたりもするんですが、全編に漂ういかがわしいムードがたまらないんですね。
 ああ、AVって、こういう怪しいものだったなぁと、あの頃のレンタルビデオ店の雰囲気を思い出したりして。
 実は先日、いろいろなレアなビデオを持ち寄って上映するというイベントに出演した時に、ブラックパックを紹介してみたんですが、かなり評判がよかったですね。今の洗練されたAVを見慣れた目には、この原始的なパワーは新鮮に感じられたみたいです。
 そういえば、インディーズビデオブームの初期にも、こうしたアナーキーな勢いがありましたね。
 最近、ちょっと進化の袋小路に入り込んでしまったような閉塞感のある現在のAV界ですが、ブラックパックのようなメチャクチャさを思い出して、元気を取り戻して欲しいものです。

TENGU(ジーオーティー)2011年1月号掲載。ブラックパックについては、昨年にもアサヒ芸能で袋とじ特集を手がけたり、イベントをやったりしました。興味のある方は、こちらのエントリーもご覧下さい。

*1:70年代半ばから80年代半ばは、SMがブームで、SM雑誌も10誌以上が刊行され、最も売れた「SMセレクト」などは黄金期には15万部を記録したという。

*2:他にも芳友舎やにっかつ、KUKIなどもSM物を手がけていた。

*3:ビデ倫の審査を受けていないAV。当時はビデ倫審査済みでないビデオは、いかがわしい物という意識があった。

*4:ブラックパックに限らず、SMグラビアなどでもよく使われていた手法。

*5:画面の色調を反転させただけという大胆な修正(?)もあった。

*6:当時、ブラックパックの専門家として活躍していたのが、ラッシャーみよし氏と藤木ただし氏(現藤木TDC)。私は彼らの記事を読んで、ブラックパックに興味を持った。

*7:つい最近まで古本屋などで発見することがあった。またマニアの方に大量にダビングしてもらったこともある。

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