ダリブロ 安田理央Blog

フリーライター安田理央のBlogです。

続おやじびでお 第8話 AV雑誌ノスタルジアの巻

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 先日、「ベストビデオ」*1が休刊しました。1986年創刊で、25年の歴史でした。創刊号のグラビアは沙羅樹*2ですか。うーん、時代だなぁ。

 ここ数年で「オレンジ通信」*3「ビデオメイトDX」*4と老舗がバタバタと倒れ、これでレンタル時代からのAV雑誌で、現存しているのは「ビデオ・ザ・ワールド」*5だけになってしまいましたね。雑誌業界が厳しいと言われるようになって久しいわけですが、なんとも寂しいものです。特にAV雑誌黄金時代を知る者にとっては……。

 というわけで、今回はAV雑誌の思い出について書いてみましょう。いわゆるAV誌と言われている雑誌の中で、最も古いのは1981年末創刊の「オレンジ通信」でしょう。その後「アップル通信」*6さくらんぼ通信」「バナナ通信」など、フルーツ+通信のタイトルをつけた類似誌をたくさん生むほどの人気を博しました。
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 しかし、創刊当初の「オレンジ通信」は、実はAV雑誌ではなかったんですね。AVはむしろ脇役で、ビニ本裏本、そして裏ビデオの紹介の方がメインでした。そう、80年代の半ばくらいまでは、裏ビデオの方が勢いがあって、一般のAVは「表ビデオ」なんて言い方をされていたほどなんです。これは当時の「通信」系雑誌全てに共通していました。


 タイトルに通信とはついていないものの、この種の雑誌の中で今でも伝説として語られる「ボディプレス」*7の1985年9月号では奥出哲雄先生が「今回、BP誌で表ビデオの特集をやると聞いた時、これはまた売れないだろうなと即座に思った」なんて書いているくらいで、「表ビデオ」はまだまだマイナーな存在でした。
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 そういう意味では、1983年創刊の「ビデオ・ザ・ワールド」「ビデパル」の方がAV誌の元祖的な存在だと言えるのかもしれませんが、こちらも創刊時はAV以外の記事が多かったりして、まぁ、つまり当時はネタにできるほどAVの本数も人気もなかったということなんですね。
 しかし80年代後半にAVが勢いを増していくにつれ、こうした雑誌もAVをメインにするようになり、AV雑誌黄金時代がやってくるのでありました。
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「おやじびでお」第一回でも書いたのですが、なかなかAVを実際に見ることの出来なかった当時の青少年にとっては、画面撮り写真などでその中身を垣間見ることのできるAV雑誌は、大変ありがたいものだったのです。
 そしてまた本格的に撮影されたAV女優のグラビアは、えっ、もしかして普通のアイドルよりも可愛いんじゃないの? と当時の青少年をドキドキさせたものでした。
 そう、この時期にAV女優のルックスのレベルは格段にアップし、彼女たちはアイドルのように扱われ出しました。そしてAV雑誌も、彼女たちをアイドル雑誌がアイドルを扱うように取り上げるようになったんですね。AVは、あくまでも女の子がメイン。
 そうした中で、AVを「作品」として批評し、監督や男優にもスポットライトを当てるという独自の道を歩んでいたのが「ビデオ・ザ・ワールド」。その頑なな姿勢は非難されることも多いのですが、今も唯一残っている当時の雑誌という意味では、その揺るぎなさが結果的に評価されているとも言えるでしょう。なんだかんだ言って、すごいですよ、「ビデオ・ザ・ワールド」。

 そして90年代後半からのインディーズ~セルAVの台頭期には、それまでのAV雑誌はビデ倫系の作品と女の子のみを取り上げ、「ビデオメイトDX」などの専門誌がインディーズ作品を取り上げるというような住み分けがされるようになりました。いや、ホント、この頃はインディーズ系の作品を一緒のページに載せると、ビデ倫メーカーに怒られちゃったしたんです。今、考えると信じられないですが……。
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 同時にこの頃に、出版不況が囁かれるようになり、雑誌の売上が急激に落ち始めていきました。AV誌も例外ではなく、売上不振が伝えられました。
 2000年代半ばになると、付録にDVDをつける雑誌が増えていきました。最初はあくまでも付録という位置づけだったのですが、次第にDVDがメインといってもいいくらいのボリュームになっていきました。「DMM」や本誌「TENGU」のような、そうした時代に合わせたAV雑誌が次々と創刊されるのとは対象的に、かつてのAV雑誌は消えてゆきます。2007年に「アップル通信」、2009年に「オレンジ通信」、そして2010年に「ビデオメイトDX」「ベストビデオ」……。
 まぁ、みんな20年以上も続いたのだから大往生と言ってもいいんでしょうけどね。

 ここのところ資料集めの意味もあって、古本屋を回って80年代のエロ雑誌を買い漁っております。そんなのいくらでも売ってるよと思ってたら、どんどんそういう雑誌を売ってる古本屋が潰れていることに気づいて慌てて探し回ってるのです。さっき、80年代後半にAV女優のルックルのレベルが格段にアップしたと書きましたが、それでも今に比べると、全然ショボイものです。この頃のトップアイドルでも、今デビューしたら、企画単体にもなれるかどうかという感じ。特にスタイルの差は歴然ですね。みんな胸も小さいし、くびれもあまりなかったりして。
 でも、なんというか、いいんですよ。単なるノスタルジーなのかもしれないんですが、昔の雑誌を見ていると、若い女の子の裸が貴重だった頃の興奮が甦ってくるのですね。
 しかし、驚くのが当時の監督や男優、そしてライターの多くが、まだ健在だということ。女の子に比べて、この業界、男性の寿命が長いわぁ(笑)。

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本文では触れませんでしたが、1982年創刊、AV雑誌としては日本で最初となる「ビデオプレス」(大亜出版)
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宇宙企画との無敵タッグで美少女系に強かった「ビデオボーイ」(英知出版

TENGU(ジーオーティー)2010年11月号掲載。この後、「ビデオ・ザ・ワールド」も「ベストビデオ スーパードキュメント」も、そしてこの連載をやっていた「TENGU」も休刊。事実上AV雑誌は壊滅してしまいました……。

*1:三和出版発行。女の子にスポットをあてたオーソドックスな作りで安定した人気があった。創刊時は「ベストマガジン」モロパクリな表紙だった。現場取材中心の別冊「スーパードキュメント」は継続している。

*2:1986年にデビューしたAV女優。村西とおる軍団の一員として活躍。2006年に復活した。

*3:東京三世社発行。27年という長寿を誇ったAV雑誌の代表格。後期は裏モノ情報がメインになっていった。ちなみに創刊前に同名の少女漫画があるが、誌名はそこから取られた?

*4:コアマガジン発行。いち早くインディーズ路線を開拓。思い入れたっぷりの読み応えのある記事が多く、業界からの支持も厚かった。

*5:コアマガジン発行。AVを作品として評価するというオンリーワンの道を歩む。裏モノガイド誌としても定評がある。今でもDVDをつけないという硬派な姿勢もステキ。

*6:三和出版発行。オレ通と並ぶ老舗誌だった。「女体解剖実験室」という人気企画が大変エロくて実用度も高かった。

*7:白夜書房発行。初代編集長は現ライターの東良美季。濃厚な記事と先鋭的なデザインで今も語り継がれる伝説の雑誌。

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