ダリブロ 安田理央Blog

フリーライター安田理央のBlogです。

「酒の肴は古本で」第一回

北尾トロさんが主催していた雑誌「季刊レポ」の最終号(2015年6月発行)で「終刊号新連載大特集」というのをやってまして、これはライター各自が「新連載の第一回目」を書くというもの。終刊号なのに新連載が19本も掲載!という、なんとも粋な試みでした。僕は「古本を買って酒を飲む」というコンセプトの「酒の肴は古本で」という連載を考えました。これはその第一回目ということです。後に酒場ライターとして名を上げるスズキナオ君がゲスト出演してます。
なかなか面白いんじゃないかと思うので、どこかの媒体で連載させてもらえないかな(笑)。

「酒の肴は古本で」
第一回「梅田・『100万人のカメラ 特集・エロダクション残酷ものがたり』とお疲れ様セット」(大阪駅前ビル古書店街と金明飯店)


古本屋と飲み屋を巡る小旅行

 古本屋が好きだ。初めての古本屋に入る瞬間のドキドキする感覚はたまらない。この店は自分の欲しいジャンルの本は取り扱っているだろうか? 値段は高くないだろうか? 自分の希望にぴったりの古本屋だったりした時の興奮は、他に代えがたい。
 古本好きはたくさんいるだろうが、僕の求めているジャンルは少々偏っている。ざっくりいうと「昔のエロ雑誌」だ。アダルトメディアの歴史について書く仕事が多いため、資料として欲しいという理由もあるが、まぁ、単純に90年代までのエロ雑誌が大好きなのだ。好きが高じてエロライターになってしまったくらいに。

 しかし、ただでさえ古本屋はどんどん減少しているのに、この辺りのエロ雑誌を扱うように古本屋というと、本当に珍しくなっている。わぁ、エロ本がある、と喜んでも見てみると00年代以降のDVD付エロ雑誌ばかりだったりするのだ。
 古いエロ雑誌をきっちりと体系的に揃えている古本屋となると、神保町の一部にしか存在せず、そしてそこではとんでもない値付けがされている。よっぽどのことが無い限り、手を出す気にはなれない値段なのだ。
 ふと入った古本屋で、そんなエロ雑誌をたまたま見つけると、だいたい3~400円。100円なんてこともザラだ。神保町なら数千円もするあの本が、100円! ああ、アドレナリンがドバドバ出る。
 神保町価格とまではいかなくても、ちょっと微妙な値段が付けられている時もある。さぁ、どうしよう。これは買いなのか? その値段に見合うのか? 本当におれは、この本が欲しいのか? この一冊分で、他の本なら三冊買えるかもしれないぞ。でも、古本は一期一会が鉄則。悩んだら買うべきだ。よし、買うぞ! と、思い切って買ったはいいが、次に行った店で同じ本が100円で売られている、なんてことも珍しくはない。
 このスリル! このギャンブル性! ネットで検索して比較して、安い方で買った方が合理的だなんて言ってる人には、この楽しさはわからないだろうなぁ。
 古本屋巡りの快感を覚えてしまうと、普通に仕事をしていても、「ああ、古本屋行きてぇ」と禁断症状が出てきてしまう。僕の仕事場のある高田馬場にも、ちょっと前まではたくさんの古本屋があったのだが、今はブックオフが一軒あるのみ。徒歩で行ける早稲田にも、エロ雑誌を扱っている古本屋は極めて少ない。
 つい、仕事を放り出して電車に飛び乗り、まだ見ぬ古本屋へ足を運びたくなる衝動に襲われるのだ。そして、たんまりと買った後は、近くの飲み屋に入って、戦利品を片手にビールでも味わいたい。ああ、なんという幸せ! いや、ま、僕の場合は、エロ雑誌なので、あんまり堂々とは読めないんですけどね。
 この連載では、そんな古本屋と飲み屋を巡る僕の小旅行の楽しみを語っていこうと思っている。



仕事にかこつけて大阪へ

 記念すべき第一回の行き先は、大阪。実は僕は旅行嫌い、というか、面倒くさがりなので、なかなか泊まりがけの旅行には出かけない。大阪に行くのも、なんと9年ぶりだった。
 今回は、ロフトプラスワンエストというトークライブハウスで、元AV女優で現在はタレントやライターとして活躍中の小室友里さんのデビュー20周年記念のイベントの司会をするという仕事があったので、それにかこつけて大阪の古本屋を回ることにしたのだ。仕事でもないと、なかなか腰が重くてねぇ。
 イベントは夜からだが、そんな目的があったので、昼には大阪に着くようにした。心斎橋のホテルにチェックインして、すぐに難波、そして日本橋まで徒歩で回った。天地書店、望月書店、南海なんば古書センターの山羊ブックス、宮本書店、日本橋ブックセンター、そして古本オギノ。いちおう事前に調べておいたのだが、土地勘が全くないので、かなり迷った。それでも、いい店ばかりで、12冊を購入。

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初日の戦利品。自分の単行本も買ったりして(笑)。

 青島幸男の「パロディ 壮観号」や、80年代のAV女優・山崎かおりの写真集など、プレミア値段がついている本が手頃な値段で買えたのは嬉しかったし、なかなか見かけないセルフ出版の「月刊フリーク」1979年2月号(表4がヒカシューのデビュー・シングルの広告!)も掘り出し物だった。

実に嬉しい「わかっている」店

 さて、翌日は梅田を攻める。大阪在住の友人であるテクノラップバンド「チミドロ」のナオさんが、「ぜひ安田さんを連れて行きたい古本屋があるんですよ!」と言ってくれたので、昼から合流。
 大阪駅前ビルの地下に古本屋街があり、その中の一軒がナオさんの行きつけなのだと言う。大阪駅前ビルは第1ビルから第4ビルまであり、地下でつながっているので、まるでダンジョンのような大地下街となっている。飲食店あり、洋品店あり、中古CD屋あり。新しい店と昔ながらの店が渾然一体となった、非常に僕好みの地下街だ。ゴールデンウィーク中ということもあって、シャッターが降りている店も多かったが、もしかしたら空き店舗も多いのかもしれない。
 ナオさんに導かれるままに地下のダンジョンを歩いて行き、たどり着いたのが第3ビル地下2階の奥の一角。ここには三軒の古書店が軒を連ねていて、ちょっとした古書店街。「第三ビル 古書の店」なんて三軒共同の看板も出ている。

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第三ビル古書店街入り口の看板

「オススメの店はここなんですよ」
ナオさんが指さしたのは、一番奥の「もっきりや」。看板には「絶版マンガ」と書かれているのでマンガ専門店かと思いきや、店頭のラックには雑誌や写真集もたくさんある。ちらりと見ただけで80年代のAV専門誌「ビデオX」を発見。おお、これは期待できそうだ。

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もっきりや

 初めての古本屋に入ったら、まずぐるりと一周してエロ本コーナーがあるかどうかを確認する。この時が一番ドキドキする。エロ本コーナーの無い古本屋も多いのだ。
 あってくれ……。いつも祈るような気持ちになって、店舗の奥へと足を進める。エロ本コーナーはたいてい店の最も奥にあるからだ。
 やった、あるじゃないか、エロ本! それほど量は多くはないけれど、僕の目的である90年代以前のエロ雑誌もありそうだ。

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「100万人のカメラ」1964年10月号(新風社)

 パッと目についたのが、「100万人のカメラ」(新風社)の1964年10月号。特集の「エロダクション残酷ものがたり」に惹かれたのだ。エロダクションとは、60年代に急増したお色気映画を制作する独立プロダクションのこと。ピンク映画という言葉が浸透するまでは、作品自体をエロダクションと呼ぶこともあったようだ。ここのところ、ピンク映画の歴史を調べているので、これはいい資料になりそうだ。値段もそれほど高くない。エロダクション映画のスチールなど、ヌードも満載。外国映画紹介コーナーでは「ゴールドフィンガー」や「鬼火」「禁じられた抱擁」なんて映画もお色気シーンしか紹介していないという徹底ぶりもいい。「紳士の国イギリスに生まれたコーラス・グループ ビートルズの人気はいまや世界的になってきた。彼らの月収は五十億円だという」なんて記事も面白い。何しろ記事の締めくくりが「まったく、あの髪の毛の、どこがいいんだろうね。若い人の気持ちはわからねえって……」なのだ。
 前日に日本橋の「古本オギノ」で「68’年ハレンチ映画傑作シーン集」特集の「寝室手帖」(手帖社)1968年12月号も購入しているので、4年間でピンク映画の状況がどう変わったか、読み比べてみることにしよう。

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「流行写真増刊号 1億人の性風俗」(1985年 三和出版

「流行写真増刊号 1億人の性風俗」(1985年 三和出版)も購入。「流行写真」は、「写真時代」の大ヒットにあやかろうとした柳の下狙いの雑誌。80年代半ばの風俗情報が満載の増刊号だが、個人的には幻のインディーズAVであるブラックパックの特集記事を当時の第一人者であるラッシャーみよし氏が書いているところに注目。

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「発掘!!お宝アイドル激似AVコレクション」(2001年 英和出版社

「発掘!!お宝アイドル激似AVコレクション」(2001年 英和出版社)は、浜崎あゆみだの宇多田ヒカルだの松たか子だの、当時人気のアイドルや女性タレントに似たAV女優の出演作品を集めたもの。激似というには、かなり無理があるケースが大半だし、本としてあまり面白くはないのだが、この手は意外に仕事のネタとして重宝することもあるので、買っておくことにする。
 この店、もちろんエロ本以外も充実。メインであるマンガやタレント本系でも、興味深い本がたくさんあったので、片っ端から購入。

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「コスモコミック」創刊号(1978年 サンポウジャーナル)

「コスモコミック」創刊号(1978年 サンポウジャーナル)なんてのは、なかなか珍しい。上村一夫が「夢二」を、石森章太郎が「芭蕉」を、そしてさいとうたかおが「アレクサンダー大王」を描くというのも意欲的だし、他の執筆陣も赤塚不二夫、真崎守、永島慎二と豪華だったのに、わずか7号で休刊したという幻の漫画誌。モアイ像とUFOの表紙は、リアルタイムで記憶があるなぁ。

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少年マガジン」1976年1月号(講談社

 さらに少年マガジンのバックナンバーも結構あるじゃないか。おおっ、1976年1月号がある! 友人のAV監督・小林電人さんが、永井豪の「イヤハヤ南友」掲載号を集めているのだ。特に狙っている「耐熱テスト編」と「八つざきテスト編」があと一冊づつでコンプリートというので、僕も協力して探していたのだが、そのうちの一冊があったのだ。というわけで、電人さん用に購入。テレヤ選手が小屋椰子先生とイボ痔小五郎に股間を覗き込まれるという名シーンのある号なのだ。

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「妖星伝画集」

そして一番レアだったのは、「妖星伝画集」なる小冊子。半村良の「妖星伝」が小説CLUB誌に連載されていた時の挿絵をまとめたもので、どうやら半村良ファンクラブが制作したものらしい。こんなものが存在しているなんて知らなかった。もちろん即購入。

 いや、しかし、この店。本の価値をちゃんとわかっている上で、手頃な値段をつけているというのが素晴らしい。
 わかっている店というのは、往々にして高めの値段を付ける。当然な話だ。その本に価値があることを知っているからだ。
 だが古本屋巡りの最大の快楽は、価値のある本を安く入手した瞬間にある。神保町なら数千円の本を100円コーナーで発見した時の喜びと言ったら! ってさっきも書いたな(笑)。つまり、古本買い者にとって「いい店」とは、勉強していないダメな店のことだったりする。いや、もちろんちゃんとわかってる店も好きなのだけど。
 そんなわけで、わかっているのに、安めの値段をつけている「もっきりや」は、実に嬉しい店なのだ。ニコニコしながら6冊購入。まだ、他にも店があるのだから、これくらいにしておこう。

本棚を流し見ると

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汎書店

「もっきりや」の手前の「汎書店」に入る。店頭が全面100円棚になっている。さて、エロ本コーナーはあるかなぁ……。店の奥に入ると、おお、広大なエロ本コーナーが! しかも80年代のエロ雑誌や写真集もたくさんあるぞ。しかし……。ううむ、残念ながら値段がちょっと高い。高すぎる。神保町価格だ。ちょっといいかなと思ってみると、ほとんどが3千円以上。これは手が出ない。ここは、わかっているから、それなりの値段をつけている店なのだ。
 しかし、神保町でもいつも思うのだけれど、これだけの値段でも買う人がいるんだろうか。80年代のエロ雑誌を喜んで集めてるなんて、僕の他にそんなにいるのだろうか……。

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「オナマイド純情」(1998年 英知出版
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「ビデパル」1985年5月号(フロム出版

 それでも、探せばそこそこお値ごろな本も見つかる。「デラべっぴん」の名物企画だったオナマイド(切り抜いて組み立てる工作ヌードグラビア)の総集編である「オナマイド純情」(1998年 英知出版)と、AV専門誌「ビデパル」の1985年5月号(フロム出版)を購入。どちらも、安くはないけど、まぁ、手が出せる値段だった。

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永井古書店

 さらに手前にある最後の一軒は「永井古書店」。この店のツイッターアカウント名を見ると「大阪の保守系書店・永井古書店」、プロフィールは「大阪駅前第3ビル地下2階古書の街の永井古書店です。専門は日本思想を中心とする人文社会科学系。日本会議大阪・大阪市支部支部長。陸上自衛隊を応援しています。國體護持、憲法改正自衛隊を国軍に。教育正常化、拉致問題解決のために行動します」 
 そして店頭には「次の行為を禁じます。おしゃべり、携帯電話での通話、飲食行為、商品の上に物を置く、汚れた手・指で商品に触れる」なんて張り紙も。
 これは怖い。こんな店にエロ本なんてあるわけがないと思いきや、店の手前の一番目立つところには、中古AVやフランス書院文庫、マドンナ文庫が並び、右奥には写真集も色々あった。当然それほど量も多くなく、僕にとって惹かれる本はあまりなかったのだけれど、それでも何か買っておきたいなと本棚を流し見すると、藤井良樹の「女子高生はなぜ下着を売ったのか?」と「誰も語らなかった密やかなテレクラブーム」(共に1994年 宝島社)という2冊の宝島BOOKSを発見。うん、これは資料になるな、と購入。まぁまぁ手頃な値段だ。

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「女子高生はなぜ下着を売ったのか?」藤井良樹(1994年 講談社
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「誰も語らなかった密やかなテレクラブーム」藤井良樹(1994年 宝島社)

古本を買った後のビールの美味さ

 3軒で10冊購入。うんうん、とりあえず満足。お腹も空いてきた。ここらで一杯行きたいところ。ナオさん、いい店教えて下さいよ。
 ところがゴールデンウィークということで、ナオさんの行きつけの店が軒並み休業。どうしようかと地下ダンジョンをウロウロしていて、発見したのが中華料理屋の店頭にあった「お疲れ様セット818円」の張り紙。飲み物と料理2品と小鉢で818円というのは安くないですか? メニューを見ると飲み物もみんな300円前後だし、料理も安い。

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金明飯店

 よし、この「金明飯店」にしよう。兎にも角にも生ビールで乾杯。グビグビと一気に飲み干す。ああ、美味い。死ぬほど美味い。
 昼に飲むビールはただでさえ美味いのに、古本をしこたま買った後のビールとなると、もうたまらない。
 さて料理はどうしよう。メニューの1番から50番までから二品選べる。二人なので四品。
「そうなるとどうせなら一番高いのを選びたくなりますよね」
「じゃあ、この排骨か。まぁ、それでも400円代だけど。あとは焼き餃子と蒸し物三種盛りと……」
「この焼き肉サラダ行きましょう」
「いい選択だ!」
 ラーメン屋よりは、やや本格に近い中華という感じの店で、飲み物も食べ物も安いので、ついついくつろいでしまった。「お疲れ様セット」に追加で何杯か飲んで、料理もいくつか取って、二人で合計三千円。安い。料理もちゃんとした中華だ。いいじゃないか。

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お疲れ様セットでくつろいだ

 大変いい気持ちになって、店から出る。そしてフラフラと地上に出る。当然のことながら、まだ明るい。しかも快晴。昼飲みの魅力のひとつがこの瞬間の軽い罪悪感だ。
 しかし、これから、京都に仕事に来ていた飲兵衛漫画家ラズウェル細木さんと合流して、さらに飲むのだ。帰りの新幹線は20時と遅めのを取ってある。それまできっちり飲みますよ。
 背中のリュックの中の10冊の古本がずっしりしてるけど、それもまた、心地よい重さなのだ。

※「季刊レポ」Vol.20(2015年 ランブリン)掲載。「レポ」、いい雑誌でしたねぇ。そういえば00年代初頭には「デラべっぴん」誌で風俗行って飲み屋行く、という連載をやってました。風俗店が古本屋になってるあたりが年齢を感じさせますね。

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